HOMEへ戻る天婦羅 天米 掛尾点 電話 076-492-6966

先代から受け継いだ暖簾と味へのこだわり

昭和32年魚津市文化町で開業。以来50年、伝統の味を受け継いでいます。

明治半ば前田米吉が東京神田で創業。
米吉の「米」と天婦羅の「天」で『天米』と名付けたのが天米の始まりです。

江戸初期に誕生した天ぷらですが、食用油の生産が増える江戸末期から明治になって一般に普及するようになりました。
明治半ばの当時の天ぷらは、今で言うファーストフード。
銀座、赤坂界隈では屋台が軒を並べ、揚げたての天ぷらをお客がつまんで食べる粋な光景が見受けられる、そんな時代でした。

現在の富山の天米は店主の父、巌(いわお)が昭和32年、魚津市文化町で開店。神田の本店とは親戚にあたるため、屋号を借りてスタートします。
戦後の復興からようやく立ち上がり、余暇を楽しむ余裕が生まれた時代、外食産業も盛んになり、東京で修行を積んだ巌の店も、本場江戸前の味と日本海の新鮮なネタが評判を呼び活況を呈します。


▲市役所裏店撮影
(平成18年8月に閉店しました)

昭和39年、巌の弟が富山県庁前に「県庁前店」をオープン。その4年後、魚津の本店を3男の弟に任せ、富山市新桜町に本店を移転。市役所裏店としてスタートします。
富山市中心街に出てきたことで天米の名前は一気に広がり、県外からのビジネスマンや観光客の評判もよく、「富山の天ぷらと言えば天米」と言われるほどに盛況します。

平成13年 巌の息子に当たる現在の店主が掛尾店を開店します。
老舗の看板と味をを守り、郊外の気軽に立ち寄れるお店として開店以来、5周年を迎えることが出来ました。

これからも天米の名前に恥じないよう日々精進と努力でお客様の満足いただけるお店にしていきます。